 |
 |
留学決意-偶然と必然 |
|
私が英国に留学したのは2007年4月16日から2008年3月7日までの1年間、某私立学校の留学コースを通したものでした。
場所は、実家の東京から飛行機で、約12時間のまさに異国の地、南ヨークシャのシェフィールド(Sheffield)という、なかなか大きな街です。
それまでの私の暮らしと言うと、とても人にお話出来る様なまともな暮らしではありませんでした。 |
|
|
 |
 |
2006年、都立高校一年生 |
|
家にもまともに帰らず高校にも行かなくなり、仕事もせず…。
簡単に言えば不良少女です。そんな生活を半年程続け、次第に自暴自棄になった自分に気付きました。もちろんその間親ともまともに向き合わず、迷惑と心配ばかりかけて・・・
今振り返ると何て恐ろしい生活をしていたんだ、と・・・。自分が情けないです。 |
|
|
 |
 |
ターニング・ポイント |
|
そんな感じで2006年は終わり、新年を迎え、転校を決意しました!
2007年1月、私と母は都内の某私立学校に行き、転校手続きをしました。
その日は、前日面接を受けたドレス店の初出勤の日でした。
何の取り柄もない当時の私には都心で働ける!? それだけで鼻高々(´_>`)
久しぶりの充実感にルンルンでした。
手続きの際、コースを決めました。もちろん「普通コース」といった感じ・・・
その時副校長とお話する機会があったので、詳しく学校の説明をしていただきました。
英語コースの留学先は、イギリス―――
少し驚きました。
私は何かに救われた様な、誰かに背中を強く押された様な感覚がしました。
その後、自然と涙が出てきて・・・、1年の英国留学を決意しました。
そして私はそのバイト先に辞めることを伝えました。 |
|
|
 |
 |
祖父の存在 |
|
私がそこまで感情的になってしまったのにはある理由がありました。
母方の祖父母が隣に住んでいて、小さい頃は毎日の様に家を行き来していました。
私は特におじいちゃん子・・・だったのかな。
祖父は大学の英語教授をしていたのですが、ある大学で働いている時、『生徒達をイギリスに留学させていた』と、いう話を聞いていました。
私は祖父の知的な所が好きで、その影響か小学生の頃は勉強が大好きでした!
祖父は6年前に亡くなってしまったのですが、だからこそ、この留学は祖父が私の人生の再起動のチャンスとして導いてくれたのかも・・・ (後から聞いた話だと母も同じく感じていたらしい)
イギリスに行ったら、おじいちゃんみたいに立派になれるかな。
おじいちゃんのルートが見れるかなーと言う、期待もありました。
それにしてもたまたま転校した学校の留学先がイギリスって私達には少し恐ろしい・・・
偶然でした。必然なのか?
今は心から祖父に、両親に、支えてくださった皆さんに感謝しています。
この時点で2006年の私とは精神面でも雲泥の差!
うーん・・・ 留学って凄いですよね。 |
|
|
 |
 |
出発 |
|
出発の日は出国ギリギリまで実感は無く、前日も興奮のあまり睡眠時間ゼロ。
脳からありったけの興奮物質を放出しているかの様にギラギラしていました。
当時の私は友達と毎日一緒に過ごしていたので、空港に友達が見送りに来てくれた時は
友達も私もボロボロで、私含め友達の厚化粧も容赦なく取れました。
(その時の写真は宝物です)
そして10人近くの地元の友人、両親と妹にさよならをし、飛行機の中では泣きすぎて半ば過呼吸・・・ その後は疲れと悲しみで12時間ぶっ続けで寝ました。
あの日はこの先死ぬまで忘れられないです。 |
|
|
 |
 |
ホストファミリー |
|
実は、私は1年間の間に3度、ホストファミリーを変えました。
そして夏に1ヶ月HULL(ハル)と言う、更に北に行った街で現地の高校生と混ざって勉強したのでホストファミリーは3家族います。
【1番目の家族】
最初の家族は、両親(50代)、長女(18、)次女(17)、 ∩∩ うさぎ(=・x・=)
『わー、ピーターラビットだ!」とか思いつつ、イギリスの生活に胸膨らませていました。
実際そのご家族はとても優しい方々でした。
ただ性格の相性というのは何人だろうが、何歳だろうが、大切なんだな」と、思いました。
その家族を一言で表すと暗い。
冷めてる、という表現の方が、正しいですね。
私とは真逆。 私自身おしゃべりですし、思った事は伝えたい人なので会話の少ないこの家族は常に疲れていてシリアスなイメージ゙があり、3ヶ月間、私は部屋に閉じこもり続けました。
その時間を単語学習にあてたおかげで単語力はみるみるあがりました。
ただ物凄いストレス(・勍)
4時に帰宅し、6時の夕飯以外は家族と触れ合わないんです。
その間寂しさで毎晩泣いていました。だれかに話を聞いて欲しい…
でも親にはこれ以上心配かけられない!と、たまの電話では嘘でもいい事しか言えませんでした。
『元気だよー。ご家族の方も優しくて何も不自由ないよー。英語も上達したよ』
な〜んて、嘘でも言ってるうちにそんな気がしてきました。
この1年間日記をつけていたのですが、読み返すとその時期のはもはや日記というより閻魔帳ですね(笑)
自分にお疲れ様です。
【2番目の家族 (短期)】
2007年夏
6月中旬〜7月中旬までハル(HULL)に滞在しました。
次の家族はスコットランド人の方々でしたが、スコットランド゙も英語圏で、その家族もイギリスに11年間住んでいる事もあり、前の家族との言葉の変化は感じませんでした。
両親(40代前半)、長男(19)、長女(14)、 犬、猫、ハムスター。
ここで感じたのは、イギリス人とスコットランド人の性格の違いです。
まず前の家族と違い、家族同士でふざけあったり、馬鹿にしあったり、下品な事を言ったりするのはこの家庭では、ごく自然の事 でしたねー。
私もその雰囲気にどれだけ救われた事でしょう・・・。
冗句や早口言葉を教えてもらったり映画に連れて行ってくださったり・・・
リスニング゙力も、会話力もたった1ヶ月で、目に見えて成長していきました。
長男は私の2歳年上で、よく友達との遊びに連れて行っていただきましたし、彼の彼女にもとてもよくしていただきました。
次女とは毎日学校に一緒に登下校していて、HULLで過ごした1ヶ月で寂し泣きは一度もなく、
それだけで彼らの心遣いや優しさ、性格が伝わって来ますよね。
1ヶ月という期間もあるのかなとも思いますが、とてもよくしていただきました。
Sheffieldに戻る日にまたしても号泣。
他の日本人の生徒達は、きっと泣き虫だと思っただろーな・・・。
【3番目の家族】
最後に、私の大好きな第3番目の家族です。
彼らの魅力をこの場だけでは到底語り尽くせないのですが、おおざっぱに説明します。
パパ (イタリア+ポーランド ハーフ、イギリス育ち)、ママ (アイルランド系イギリス人)、共に50代半ば。
長男 (30代、既婚ジャイアン)、→長女(7歳、暴れん坊)、 →次女(4歳、暴れん坊)
次男 (30代、既婚ちょい紳士)、→長男(6歳、電車LOVE)、→次男(4歳、いたずらっこ)
三男 (20代、日本愛好家/双子)、 長女 (20代、おしゃれ/双子)
と、いう大家族です。
私はこのパパとママの家に滞在していたのですが、基本的には日曜日には、長男と次男の家族が家に遊びに来るので家はいつもにぎやか(^ω^)
ちなみにパパは魚屋さんで、ママは私の通う学校で働いていたので学校まで送り迎えしてもらっていて贅沢していました。(笑)
子供達のお守りは何よりも勉強になりました。
パパが車庫で日曜大工をしながら、語り合ったり (彼のイイ女講座は興味深い)、ママに人生相談をしたり、土日には孫をつれて車でドライブにいったり、これ以上語るとまた悲しくなってきてしまうのでここらへんにしておきますが、彼らは最高のホストファミリーでした。
帰国の日、Sheffieldを離れる時もまた号泣。
別れはいつでも辛いですよね |
|
|
 |
 |
留学成功への鍵 |
|
私は留学成功への鍵は、絶対にホストファミリーにあると思うんです。
前にパパにこんな事を言われました。
『何事も最初の経験が一番大切。 その印象によって一生大切な物が見つかったり、大嫌いになってしまったりする。 始めが肝心。 お前にはこの1年を楽しい思い出で一杯にしてイギリスを好きになって欲しい!そしたらいつかYokoがまた戻ってきてくれるかもしれないでしょ?』
こんな事言われたら、帰国時に泣いてしまうのも仕方ないですよね。
という感じで、私の英国の印象は1年前よりも遥かに深く、良い意味で変わりました。
また、是非英国を訪ねたいと心から思っています。 |
|
|