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「やったーぁ!」
娘と手を合わせたのはノースウェスト航空シアトル行きの飛行機の中でした。計画は早めにしたものの本当に実現
できるのかなと思っていました。大陸を目の前にしたときはワクワクする気持ちを久しぶりに味わいました。
シアトルを行き先に選んだのは、いろいろな条件を満たしていたからです。
「気持ちがまだアメリカに来ていない」と言いながら、その足で迎えに来てくれたホストファミリーと共に私が通学する
予定の大学へ直行しました。早速、オリエンテーションの実力テストとWelcome Partyでした。 |
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ホストファミリー家はNormady Parkというところでシアトル空港、カレッジにも近い森の中の家という感じでした。
「広〜い!すご〜い!きれ〜い!感激しちゃう!」なんて言葉の連続でした。自然の美しさを邪魔することなく、
道路、それぞれの家と庭が上手に共存しているという感じなのです。
さらにホームステイ先の前はMarine View Parkという公園があり、ブラックベリーの食べ放題で行き着くところは穏やかな海でした。
流木が流れ着き、左手にマウント・レーニア(富士山に似ている山)が海面に浮かんでいるように見えるのでした。
こんなハプニングもありました。ご近所にマックアーサー元帥の秘書をされていたHardlyさん(Dr. Hardly)※。
あの終戦後厚木基地に来日した時同行していたご婦人が住んでいらしたのです。ホストファミリと一緒に挨拶に行き、庭園で日本のことなど話され、感激しました。
※ Dr. Hardlyは海が180度見える8千坪の邸宅で、読書をしたり、論文を書いたりして静かにお暮しになって
おられました。 |
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授業は2週間、計50時間受けました。日本で少しは勉強していたのですがリスニングは厳しいものがありました。
若い人たちの中におばさんふたり(韓国の女性と私)が加わっているクラスでした。
おばさん精神を発揮して、私はなるべく積極的に話そうと心がけました。授業はテキストを使用し小グループで
ディスカッションです。
毎日宿題がでました。金曜日は映画鑑賞(字幕は英字)があり、月曜日までに感想文をA4サイズ1枚に書いて
くるのです。アメリカの個人の自由を読み取りました。「やる気のある人には、次々とプリントが渡され、また宿題を
やってこない人、休む人にも批判はしない。」 |
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放課後シアトルのダウンタウンに行ったり、教会の友達を紹介されたりと英語でのコミュニケーションのチャンスを
ホストファミリーは与えてくれました。ホストファミリーが長年アメリカに在住している日本人ということで食事にも恵まれ、
心もお腹も十分満足していました。16日間というのは、日本では考えられない体験と、人との出会いとで毎日が
充実していました。
早朝に植物・人に優しいシアトルの空気をいっぱい浴びて散歩したことなどすべての想い出が、今日本の生活の
エネルギーになってくれてるように思います。娘のるりもたいへん楽しんでいました。
また英語力を向上させて挑戦する楽しみが私の心に芽生えています。 |
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